#29 糸井重里さんと、ニヤニヤするしかない人生について(Guest: itoi_shigesato 後編)

#29 糸井重里さんと、ニヤニヤするしかない人生について(Guest: itoi_shigesato 後編)

エピソード概要

ほぼ日の糸井重里さんをゲストに、ニヤニヤするしかないこと、他人を巻き込んだ作家活動としてのビジネス、糸井さんが今どハマりしてるオードリー・タンのすごさ、技術と人間社会について、自分の言葉が残り続けていくことの怖さとどう向き合うかについて話しました。

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ほぼ日の學校 

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最近かどうかわからないですけど 味わいたいという気持ちよりも 理解したいの方が重視されているというのは ちょっと感じる気がします でも自分もそうだなと思いながら コーヒーは何々さんのどこどこ こうやっているのがうまいんだよって言って そうじゃなくて そのコーヒーが美味しいかどうかを 自分は味わえてないかもしれない っていうことに途中で気づいたり っていうのは至るところであるんだろうなというか ありますね 思いますね そこの意味では自己反省というか 自分はそれを楽しめているかなという目線は 持っていきたい コールサイコと言っているときに 僕なんかも年寄りだから 一番そこを防ぐ秘訣はあって 自分がコールサイコと言っているときは ニヤニヤするんだよ 大したことじゃねえなっていう風に思って それはすごい まさしくコーヒーの世界はそれですよね そうですね コーヒーとオーディオもそうだなと思って オーディオもそうか なんかそういう すごく突き刺さる言葉です コーヒーだとコーヒーうるさく言えば いくらでも言えて そうかもしれないって 共感できる要素がいっぱいあるんですよ やっぱりね 最近だと なんだっけ 僕はもうコーヒーすっかり ぐるっと回って 何回も回って飽きちゃって インスタントでいいよとか言ってて また最近戻ってきてる人なんだけど もうみんながこのまま生きなこと言ってて 高いコーヒーとかあって 芸者かどうなん言ってるけど ついこの間までは 紅茶とか入れる なんていうの シリンダー状の プレス そうそう あれはもともとコーヒーを入れるために できたものなんで っていうことを聞いて へーと思って ちょっと嬉しいじゃないですか 知って マリアマコーヒーみたいなところが うちの近所にできたんで 潰れちゃったけど そこでも お試しになりますかっていう時 あれで入れてくれるんで こんな専門店がこれ使ってるんだったら 本当はこれがいいんだと思って ちょっと愉快なわけですよ そんな言います ものすごく その近所にあったのが 大坊コーヒー店でさ 大坊さんの こう釈引いてるのはまた やっぱりそりゃそりゃ面白いわけで 大坊はコーヒープレスに ぶつけられてるのかって思うと ストーリーとして面白いから よし俺もこのプレスやってやれと思って どれがいいですかとか買って 飲むんだよ そうこうしてるうちに どっちにしてもそうかなって気分もあるわけで 自分がやってることに そうかなって気分がちょっと混じった時に もうニヤニヤするんだよ そこにニヤニヤが現れるんです なるほど そうしたら 俺いずれやめるかもしれないけど 今はこれなんだって言ってると 本当にやめるんだよね 今現在は俺は 素焼きみたいなフィルターで ありますね 引き立ての豆 粗挽きのやつで 割と丁寧にちょろちょろ入れると コーヒープレスよりも どうも俺は美味しく感じてるんですよ 今 今はこれなんだけど ニヤニヤって言ってる カメラマンの畑野さんに 今日それをAmazonでセット買って 送ったばっかりですけど そうなんです ニヤニヤしながら 全部そこにカッコニヤニヤっていうのを コーヒー 豆の方は結構 どこも本当に美味しいの いっぱい売ってるようになったんで 増えましたね 新しいのをちゃんと入れると 驚くほど美味しいですよね もう一個 自分で発見したものが 混じるともっと嬉しいわけで そうですね 飲み残しのコーヒーについて 考えたんですよ すごく嬉しいと思う ちょっといいでしょ ちょっと待ってください ちょっとサメかけのコーヒーを ちょっと飲むと 微妙に甘みが増してるみたいな そんな気がするんですよね 通じて うちで 別に僕がコーヒー入れてるかって 神様が私にもちょうだいって 言うわけじゃないんで 入れるときに 2杯分入れてるんですよ いつもね 2杯分入れると 2杯分飲むわけで ちょっと トゥーマッチっていうか 多いんですよ 真面目に入れたコーヒーを飲むには カップに どうでしょうかね 3分の1ぐらい残ったコーヒーがあって 捨てるか 冷めたけど飲むかってなったときの 判断が いつも曖昧なままだったんですけど もうちょっとお砂糖を入れて 溶かして 氷を入れてアイスにして飲んだんですよ そうしたらね 香りの立つものすごく美味しい アイスコーヒーができたんですよ 面白いですね 真面目に入れたコーヒーの残ったものは アイスコーヒーとしては すごくフレッシュで美味しいってことが分かって これは これからどうしようかなと思っているのが 今日なんです ちょっとまずやってみます これをまた自分で発見したっていうのがね そう 飲み残しってやっぱりね 価値落ちますからね そうですね 僕が見つけた飲み残しっていうと ホットの飲み残しを別に砂糖とか入れずに飲んだときに まれに深入りのコーヒーに限るんですけど 甘みが微妙に増すことがあって それはおそらく熱で苦味成分の蒸発が 結構立ってたやつが抑えられると 奥にあったものが見えるんじゃないかみたいなことを ニヤニヤしながら 言ってるんですけど ニヤニヤ ニヤニヤですね そうですね お砂糖を入れるタイプなんです僕 入れないで一口だけ飲むんですけど だいたい入れて飲むんですよ 香りを真面目に味わうには お砂糖を入れちゃった方が 香りがドンとくる気がするんで そこは僕はさっき言ったカメラマンの畑野さんも同じだったんで じゃらと思って送ったんですけどね お砂糖悪くないですよ 本当ですか ニヤニヤですけどね これも ニヤニヤ みんな好みだからさ そうですね ちょっとじゃあ砂糖僕 いや砂糖なんてって言ってる方だったので ちょっとあえて砂糖 入れてみます これもうんちく型の話だけど 砂糖を入れないでコーヒーを飲むのは日本だけですよ なんか言われますね それはもう本当に 多分本当にそうですよね だからよっぽど日本人っていうのは いわゆる緑茶の中に いろんな飲み物を入れていくんだなっていうのを 見事ですねと思いますけどね あと水がいいっていうのもね ありますよね 素晴らしいと思うんですけどね お茶とかもなんか 結構海外だと普通にお砂糖入れて飲んだりとかします グリーンティーもお砂糖入れてますよね いや全部これ言葉の話の流れの中に 多分組み込まれるんだと思うんですけど コーヒーのお砂糖と玉木麹と アイラミツロと つまりちょっと舐められてるものについての それは舐め返されるよっていう話だね そうですね そこは繋がってます いやーなんかそう意識してても またうっかり舐めちゃったり うっかり気づいたりっていうのを おそらく繰り返していくんだろうなっていう 気がしますね いや自分もそうですよ 自分もそうだったと思いますね やっぱりそこを目覚めさせてくれるのは やっぱりお前も俺もモテたいってことですね どんなに偉そうな舐めたこと言ってても 言えば言うほどモテなくなりますよね 三尾の本の部数の方が お前の書いてる何かよりも売れてますからね そこの辺りに何かこう 人が本来好きなものっていうのが隠されてるんでしょうね そこでは勝負を何代かに生意気になってくんでしょうね 人って 特に男の子は そうですよね そのいきなりほぼ日の話に来ていこうと ちょうどインターネット適用 僕も結構かれこれ3回ぐらい読み返してるんですけど その中でももともとの 伊藤さんの問題意識として 物を作る人 クリエイターと呼ばれるような人が いわゆるクリエイターを何かすることで ビジネスをする人に 主導権を握られないで 生きていくにはどうすればいいかっていう 問題意識がベースにあって ほぼ日をやってるような感じがあってですね それはなんかもう結構 我々僕だったりとか マテッドさんもそうだと思うんですけど その物を作る人にとって 割と永遠のテーマというか っていうのをなんかもう 結構数十年前から考えてたんだなっていうのが 割と読むたびに発見があったりするんですけど それで考えると ほぼ日ってよく考えると めちゃめちゃ異常なメディアだなと思って インターネットがこれから来るぞっていう時代 始まったのが1998年とかですよね ほぼ日は そこでインターネットで何かやるぞっていう時に そこでみんなが集まる何かを作ろうってなった場合 普通だったらプラットフォームをやろうって思うと思うんですね そのECプラットフォームとか ちょうど楽天も調べたら その前年ぐらい始まってたりとか そうなんですよねライバルですね すごい 誰もが文章を書き込めるようなブログみたいなものを作ろうとか 2チャンネルもその翌年ぐらいだと思うんですけど そういうような誰でも書き込めるようなプラットフォームを作りたくなるところを 全然そういう方向ではなくて いい良いものがあって いいものが置いてあって それを買うことができる そのいいものの中身を良くするっていうのをめちゃくちゃやり込んでるっていう そういう売れるものを作って買ってもらって その売り上げで会社をやるっていうのが すごくインターネットだとかなりそれで ほぼ日の今売り上げ50億とかだと思うんですけど それぐらいまでやってるとこって なかなか他に知らないんですよね そこでその生き残ってる理由みたいなものを お聞きできればなと うわー いきなりなんかビジネスっぽい話になって 分かれば一番僕が嬉しいんですけど 理由は説明は難しいですね ただそのスタートっていうか動機が すでにビジネスの頭が僕は後で開発したものだから 後勉強なんですよビジネスについては だから成り立ちが違うから違う育ち方をしたんだっていうのを まず前提にありますね 珍しい育ち方をした理由は そこがとても大きいと思います こないだ 東さんっていう郵便的の 東ひろきさん あの人の本 とても面白く読んだんですけど 彼もやっぱり 出発点がビジネスじゃなくて これどうしたらいいんだろうって どっから始めてたし つまりビジネスを後から考えてきた人なんだけど 僕で言うとビジネスっていうことを 勉強しているうちに分かったことの一番大きいことは 他人を巻き込んでいるっていうことの責任 はい あの作家だったら自分なんですよね でもビジネスっていうのはどっかで 相手がいないと絶対成り立たないことをしてるんで 買うっていうこともそうですし 手を貸してもらうこともそうですし いろんなところで他者への責任を負ってるっていうことが 一番でかいと思うんですよ だから生意気なことばっかり言ってらんないぞ その話にもつながるんだけど みんなが喜んでくれてるっていうことには やっぱりそれだけでも なんか理由がなかったら 喜んでるみんなそのものを バカにすることになっちゃうみたいな そのことをちょっとずつ学ばされて で始めていつ辞めてもいいからって 始めてるはずなのにみんな どっかでいつ辞めてもいいって お前が言ってるだけじゃ無責任だろって ところが出てくるんですね それはそこでどうするかっていうと 存続させたり 集まってる人たちの可能性とか希望とかを もっと大きくしていくには どうしたらいいんだろうってことを考える それも自分の作家活動になってくるわけですよね 全部アートだって気がするんですよ 映画のプロデューサーは 制作っていうふうに言われるのと 同じように だからある映画を プロデューサーをした人と ディレクターをした人で言えば プロデューサーをしてる人の方の 制作っていう方の意識が 芽生えてくるわけで ピラミッドもね 作ったのは王様じゃないわけだけど その王様の意思っていうのが とても大きく働いてある その意味では その王様の作品でもあるわけで ビジネスってその面白さを 教えてくれるんですよね それに足を取られて 自分の意思がなくなっちゃったら 危ないとは思うんだけど 少なくとも最初に こういうことだったら面白いぞ っていうところが 生きている限りは プロデューサーとして アートをする自分と それから ライターとか作家とかとして 何かものを作りたいっていう自分っていうのは 両方生きられるんだと思うんですよね それをそれためには どうしたらいいのかっていうことを その都度 このままだと死んじゃうぞっていう 危機感を持って 考え直すっていう機会を ものすごく何度も 持つことになるんですね それが多分 特殊なものを 生き延びさせてきた 理由じゃないかと思うんで これがもしなかったら 大変だったろうなって 振り返れば思うことっていうのは 山ほどありますよ 例えば コンテンツっていう言葉で みんな コンテンツを作ってるって 自覚してる人が考えるのは 絵を描くことだったり 映画を作ることだったり 非常に分かりやすいところで 考えてると思うんだけど 新しい商品を作るなんていうのも まさしく コンテンツを作る作業を してるんですよね だから そこで込められた 知恵とか工夫とか 交渉ごとだとか それは全部 実は 大きな彫刻を作るのと 同じことをしてるんですよ っていうことを 発見するときが ある日あるわけですね ずっと考えてきたことが そういう言葉になるわけですね そうすると そうか うちで 商品っていう名前で 出してるのは 商品コンテンツなんだ っていうことに 気づいたときに 僕らは コンテンツを作る っていうことが 仕事なんだ そのコンテンツで 人が喜んでくれる っていうのが ビジネスなんだ っていうふうに 分かれば これからやることっていうのを 商品を売って コンテンツを守ってるんじゃなくて 商品そのものが コンテンツなんだ っていう意識を 持って作れるぞ っていうふうに 思うだけで 全然物事は 変わってくるわけで 皆さんとあれで言えば 明和電機さんなんかは だから アートであり コンテンツであり っていうのを 表現してますよね だから ああいう形で 生んでいる人は 結構いるんだけど でも ディズニーランドの アトラクションを 作ってる人だって そうですし そういうことを 発見しなかったら 僕らは 儲けるための ビジネスと みんなが喜ぶ 作家性みたいなものを 守っていく 社会的な仕事 っていうふうに 分けて考えた と思うんですよね でも それ分けなくても 本当は 成り立つのが 今の時代だし 僕らはそこのとこで 何の恥も外分もなく そういうのは できるんじゃないかって 思ったから 今に至ってるみたいな 例えばそれは 一つの要素ですけど そういうことの 連続があって 今にまで やっとたどり着いてる って思ったほうが いいかもしれないですね インターネットに そういう ビジネスと 例えば 表現活動だったり とかアートだったり とかを 別々にしなくても 人々が生きていけるような というか それが さっきのコンテンツ っていう話だと思うんですけど まるっと できるような ものを 見出してる そうですね だから 純文学とか 文芸映画とか っていうのは 文学とか映画 っていう歴史からすると 後でできたものなんですよ つまり ものが動いてるのを 撮影して みんなが見たら 活動写真って 面白いね っていうとこから 始まってるわけで みんなが喜ぶ そう 動くよ 面白いよ っていうとこから 始まったのが 映画なんですね 当時 失業者が多かった時代に ハリウッドに 失業者の時間つぶしのために 活動写真の小屋ができて 職のない移民とかが 映画産業に入ってって ハリウッドができて 映画っていうのは 商業的に成功するようになった時に 儲けるためじゃなくて 表現のための映画は できるはずだって思ったのが 後でできた 後から来た人 そうです いわゆる芸術映画なんで それはもう文学にしても 宗教の説話だとかから ずっと繋がってるわけだから 伝説だとか その意味では 金にならなくてもいいけど 俺はこれが書きたいんだ みたいなのは 新産物なわけですよ 本質的かと思われるけども 実はそれは後から現れたもの そうですね っていう風に ちゃんとたどって考えれば 表現をするっていうことの 面白さっていうのは そのくらいまでたどんないと ダメなんだと僕は思うんで 人間が 生み出しちゃった人間が 好きなものっていうのを 大事に考えると そんなこと分けなくて いろいろ面白いことできるよ っていう風になっていくんじゃないのかな じゃあイメージクラブはまだまだ新産物なので これから そうですね 結構鉄道さんが言ってた 悩みとちょっと近いところですね 新しい技術を使うことについての ちょっと鉄道さんの悩みというか そうですね 何かの伊藤さんの本で 新しさっていうのは 結構 もうそれ自体が魅力だけど 新しさだけが魅力のものに 取り憑かれちゃってるような風になったら 危ないっていう話があったと思うんですね それは なんていうか 確かに新しいこと自体魅力だけど それ 新しいから魅力的なんだ という風になってくると それはむしろものをちゃんと見えていなくて 新しいかどうかと 別の軸を使って ちゃんと判断できている状態が おそらくちゃんと見えていて 新しさだけによっちゃうと それは間違うきっかけになるんじゃないか っていうお話だったと思うんですが 結構僕は新しいものを作ってっていうことを よく求められるし 自分も好きなので そこの沼にはまりがちで 非常に厄介で 自分でもなかなか処理 整理できていない部分ではありますね そこは 僕はそんなにみんなが バランスのいい仕事できるはずがないと思ってるんで ある意味では分業だと思うんですよ 僕は最近オードリータンっていう人に 結構すげえなと思ってて 彼女がデジタルと今までのリアルの話をしているときに 2種類の働き手がいるときに 競争しあって どっちかが勝つかっていう風にするのと 一緒になって 競争じゃなくていいものを提供しようと思ってやる仕事と 後者の方がいいですよね っていう説明をするんですね まるで人と人との話みたいに でもそれはもともと 何の説明かっていうと デジタルとアナログの話をしてるんですよ だから今の話も 新しいものっていうのは どんどん進化していくと思いますし そこのところは追求していきたいっていう人は するんだと思うんですよ それがすごく得意でどんどんしていくし 得意な人っていうのと その新しいものばっかりじゃ なんか息が苦しいって思う人は 敵同士じゃなくて 一緒に協業する相手なんじゃないかな っていう風に考えるっていう考え方を その踊り端っていう人の説明から 僕は知って なんてそのキレが良くて 頭のいい優しい人なんだと思って 全部備わってますね 全部備わってますね 全部備わってますね 岩田さんっていう人は結構そうだったんですよ ニンテンドー もうもっと恐ろしい この円を描ける人は 何気なく語っていることは そのくらいのスケールなんですよ 僕は今結構 スッと流しちゃえるようなセリフが 実は相当すごいんで 今その人教に入っちゃってますけど 踊り探求 今の話もすごいでしょ そうですね つまり競争社会と共同社会は どっちがいいかって話じゃなくて それを最先端の技術の話をして つまりシンギュラリティみたいなことを 言ってるのは 意味がないっていう話をしてるわけですよ 一人の人間と人間が どうしたらいいっていう話として それを解釈しているっていう 新しい概念についての説明って どうやっても 新しいものが入ってくると 必ず前のものを否定する要素が どこかにあって そこに注意しないと 絶対に人を傷つけちゃうから 新しさってそういう 怖さがあると思うんですけど そこに対して どこにトゲがあるかを 正確に把握した上で 綺麗に包んでいるような 言葉のような気がしました その問題について まともにぶち当たってきた人なんだな っていうのが やっぱり 中卒ですからね そうなんですね あまりにも優れていたんで 飛び級だの 留学だの まぜこぜにしながら 普通の人のいるところから 逃げたり たどり着いたりしながら 生きてきた人だから 相当いろいろ環境に 磨かれたというか 見つけられた人なんでしょうね どうでしょうね 中国の古典とかも だいぶ読んでますしね ひけらかすんじゃなくて 応用できてるって感じが 感心しますね どうだってところは 一個もないんですよ いやー ちょっとあんまりこう オードリーさん自身の言葉について 僕があんまり知らないので ちょっとこれを機に いろいろ見てみようと思います ぜひぜひ 僕なんかは 息が切れて たどり着いて やっと一かけら食べてるようなことを なんか主食にしてるみたいなところ むしろ野蛮な それすごい すごい そういう人はいるんだね 政府に雇われてる形で 機能してるわけじゃないですか すごい 政府もすごいですね すごい そういう人がいたら 恥いたりしてしまいそうですけど すごいと思いますね 台湾っていう その場所が 実はまだ戦時中なんですよ いつでも中国と 何かが起こっても おかしくない場所にいるんで あそこはまだ 確か兵役もあるんじゃなかったかな だから 日本だったら プライバシーがどうのこうのって 言われるようなことっていうのを 国の命令でこうするみたいな プライバシーの制限みたいなこと できるんですよね 強行できる状態ではある そうですね その国が ああいう人を 取り入れて つまりデジタルそのものを 飲み込んで なおかつ いわば教育の行き届いてない おじいさんやお坊さんが いっぱい住んでる ところで どうやって 大国に飲み込まれたり 蹂躙されたりしないで 生きていくかっていうことを 考えてるっていう この状況が なんか ヨーロッパでね オランダっていう土地が なんか 非常にこう ヒントをいっぱい持ってる場所だと思うんだけど 台湾っていうのも 弱くて その小さいがゆえに こう必死でやらないと 追いつかないんだよっていうところを ものすごく僕らに学ばせてくる気がして 台湾とオドリーターンっていうのは なんか 今の僕にとっては だいぶ なんか ありがたい出会いでしたね その 言ったら 緊急事態の状態の 常に真っ只中にあって その中で そういう 乱暴な方法で 人を操作するっていうのに いかずに そうです なんていうか 知性のある方法というか 優しい方法というか それを こう うまく使うことで いい方向に持っていこうとするっていうのは すごいことですよ それは 本に書いてあります その 何冊か本出てますけど その コロナ対策で 台湾がどういう順番で 何したかっていうのは あの なんとなく 何気なくに見えるくらいの感じで 書いてありますけど 大変なことをしてますね その こういうことをしたんだけど スマホを持ってない人たちは どうしてもこうしてしまう っていうのに対して どうしたかみたいなことが ものすごく書いてあります そう 技術について考えるってことは もう技術のある人とない人について 考えるっていうことですよね これはもう お二方が見たら ちょっと感動すると思いますね うん ヒントはそこにあるかもしれない そうですね どの本も面白かったですけども あの 一番 平凡なタイトルのついてる なんか AIと何とかについて語るみたいな その週刊読書のタイトルみたいな本が 一番いっぱい書いてあったと思う 分かりました じゃあちょっとタイトルに惑わされないように なってみます 平凡なものの中に うん 本当だね すごいつながっちゃった そうですね そうですね すごいな どうしよう もう一個ぐらい聞いてもよかったり 自分 僕がコンプレックスというか すごく怖いなと思っているのが 自分の言葉が残り続けていくことによって 自分が後から見たり または人が見たときに その過去の自分と今の自分を並列に並べられちゃうっていうのが 本でもそうだと思うんですが 特にインターネットだと 昔のものも今のものも 古びずにそのまま残っているっていうことが すごく怖いという意識があるんですね 特にニトリさんはすごく多くの言葉が残されているので そういうことに対して 怖くないのか それとも怖いけれども何か向き合う方法があるのか っていうのをお聞きしたかったです 怖いっていう実感はなかったですけど 嫌だなって思うことはありますよね だから 昔 こう何か言ったことっていうのの一部を切り取られて 使われるなんてことは当然するわけだから だから そういうものなんだなっていうのは 悲しかったり切なかったりするものだし 同時に昔の僕はバカでしたっていう部分もあるし さらに言うと昔の方が良かったっていう自分もあるし それは案外あるんですよ 昔の方が何か 何だろうな 格闘することはできますもんね 若い時の方がね だから 良い悪い 両方あるんですけど 今の質問に対してで言うと 諦めるしかない そうなんですね さっきニヤニヤするしかないのと 同じなんじゃないのかな もう一個は そんなことを心配するほどのお前かってやつですよね そこは結構そうですよ 一世を風靡したかのように思われる思想家が消えますから 小林秀夫が あと100年経った時に みんなが小林秀夫っていう優れた人物がいてっていう風に言うと思えないですね こういう面白い人がいたんで 僕今読んでるんですよねっていう人がいるかもしれないけど 30世紀に残っている人はいないですよ まあそうかもしれないですね どうなんだろう いや多分思い残せば文学者だとか 文字で人を捕まえた人だとかは 残りようが難しいですね と思いますね 絵とかの方が残ると思いますね 音楽も残る可能性 だから僕が知ってる人で一番後世まで残りそうなのは 横尾忠則さんですね あの人は30世紀でも残っていると思いますね 確かに30世紀というスパンでは 僕はあまり考えたことがなかったので すごくさっぱりした気持ちになりました 例えば葬式の日に悪口言われるくらいのことは もう諦めたらいいよ ウィキペディアを編集しきれないっていうところに ウィキペディアを作ってる ウィキペディアを作った人たちの 応用さっていうか大きさっていうのは いつか聞いてみたいと思ってるんですよね というと あれやっぱり直したくてしょうがない人だらけだと思うんですよ ウィキペディアに書かれてることを でもそんなこと知ったことじゃねえっていうのが 多分あれ作った人そのくらいのこと分かってたと思うんで そんなこと言われたところで気にするもんじゃないだろうという あれの本当に原型の部分っていうのを一番まともに考えて 各にいる人は 僕の友達の浜口秀一さんの 友達なんだけど そういう人らしいんですよ ウィキで有名になったなんとかさんじゃなくて もう一人 根本的にウィキはこの人だっていう人がいて その人やっぱり そういう人らしいんですよね 気にすんなという だから なんかその辺面白い 要するに全体に 今日の言葉で言うと ニヤニヤしたところのある ものですね ただニヤニヤしてるって言って嫌われることもあるからね ほどほどにでは 人の好き嫌いはもうどうにもなんないね 鉄道さんはきっと後から振り返ってニヤニヤできるぐらいがちょうどいい なるほど ちょっとあの 自分 過去の自分が自分で嫌いだったりするところが 原因だったりするのかもしれないですけど そこをニヤニヤしてみれるぐらいの大人に ちょっとなります なるというか それが目標かもしれないですね 今後10年の それはとてもいいですね それはだって 実生活がその方がハッピーですもん そうですね 実生活のハッピーがないものは やっぱり怪しいですよ 人を犠牲にするの平気になりますよ そこはなんか 結構重要なポイントな気がする ちょっとでも 時間かけて取り組める 大きな課題 のような気がするので じっくり はい パッと答えは出なそうですが 考えてみます だって お二人とも 若いでしょ めっちゃくちゃ若いでしょ いや どうなんですかね どっちとも言われる 今4なんですが 4ですか 僕来月で30になりますね いやーそれはさ うちの子供より若いわけだからさ すごいよ その先の長さが 面白いよその先 そう言ってくれる人がいるのは嬉しい 怖いような楽しみな 全然怖くない その先の方が面白いって 若い時の方がやっぱりね あのなんて言うんだろう 体重がないから その経験というのは体重だから あの大変だよ 風圧とかも そっかり先はだんだんとね 税肉とかあるからね あの面白いことばっかりになるよ あー いやーじゃあ楽しみですね 確かに体重 そういう意味での体重は増えてきたなというのは すごく ちょっとしたことで いちいち思わない 思ってもまあ 割とすぐ元に戻るっていう いやいいな のはじわじわ身についてきた とは思うので この調子で太っていきます 最高ですよそれ いやー またこれね こういう形じゃなくて はい あの 学校にもぜひ なんか顔出してほしいというか なんかテーマを持って その 普通の人がやる授業をやりたいんですよ 普通の人の うん で 聞くのが 例えば 自分がやってることが すごく新しいことやってるにしても これを近所のおばさんに聞かせるとしたらどうするんだろうみたいな 授業とか はい 中学生に その 乱数の あの あれを教えるんだとか はい いやー難しそうだな いやー面白そうだな うん すごく難しいし面白いし 多分ね あの やり足りないなって思って終わると思うんですよ で それこそが学ぶじゃないですか はい あー うん つまり 教える側の人が 分かっていることをただ伝えるだけだったら それは 面白くないんで うーん 俺もまだ分かんないんだけど ここまでは多分 こうだと思うみたいな そう で また来るよっていうような 学校をやりたいんですよ あー いいですね うん いいですね その意味でだから あの 声をかけたい人たちだったんで あの その打ち合わせをまたしましょう はい ありがとうございます ぜひよろしくお願いします よろしくお願いします はい ありがとうございます ありがとうございます いやー ということで今回は ゲストほぼ日から 糸井茂里さんに 参加していただきました ありがとうございました 糸井さんどうもありがとうございました はい ありがとうございました 失礼します ありがとうございます さよなら さよなら さよなら いやー いやすごかったですね そうですね 学校に出ちゃうことになっちゃった なっちゃったかもしれないですね どうでした 伊藤さんとのゲスト会やってみて あの めちゃくちゃ普通に いい人だし 話してて楽しいっていう 今まで 伊藤重里っていう 有名人としてしか 見てなかったんで 話すことによって それがようやくリアルな 人間だと 感じ取れた上で いい いいおじさんだなっていう その上で めちゃめちゃいい人 これだけ盛り上がったのは 多分その伊藤さんの サービス精神が 結構あると思いますね そうですね 面白がってくれたのが 嬉しかったけど 面白 作品とかに関しても 面白がり力って 多分本人の 力の一つだったりすると思うんで 筋力とかと一緒だと思いますね なんか すごい そう いろいろ聞きたかったけど 聞き漏らしたこと たくさんありますけど そういう面白がり力を めちゃめちゃ鍛えてる 人だと思うんで 毎日 今日のダーリン書いて もうコーチトレーニング やってるみたいな状態ですよね 確かに なんでなんか すごい圧倒的な すごさというか こう 面白がり力の 頂点を見たみたいな感じですね なんか こう山登って降りた後 みたいな感じですね あー なんか あでも むしろなんか すごく エンターテイメント的でも あったから 自分にとっても 楽しませ なんか楽しませて もらってしまったなっていう あーありますね 確かに うん 感じでしたね うん まあでも今後も 何かしら 絡めたら 嬉しいなと思っているので そうですね 今すごく特別な体験だったと思っているけど そういう そうじゃなく フラットにこう 何か 一緒に生み出せるっていう関係になれたら 嬉しいなと思います 楽しみですね これから そうですね また また引き続きイメージキャストも もうちょっと はい あのー これで燃え尽きてしまわないように そうですね 続けてまいりましょう ということで 糸井茂里さんゲスト回でした ありがとうございます はい ありがとうございました ありがとうございました